見知らぬ酔っ払いに親切にしてあげた話

その日、数少ない女友だちと久しぶりに飲んでいた。たぶん19時ぐらいから飲み始めていたと思う。談笑していると、店員さんに「閉店です」と声を掛けられた。2時だった。22時ではなく、2時だった。22時くらいに時間を確認して、まだまだ大丈夫だねと笑いあった。そして、飲んで食べて笑っているうちに4時間も経ってしまったらしい。24時なら分かるが、2時って。タイムワープ気分。

驚く酔っ払い二人に苦笑いの若い女性店員さん。

しかし、2時である。そんな時間に放り出されても帰れないではないか。

時間も時間だったけれど、まだ一軒目だったしタイムワープしてきているので飲み足りない。その日の私たちはいつになく調子がよかったのだ。

近場の朝まで営業している居酒屋で飲み直すことにした。いい時間だというのに、まあまあ混んでいる。きっと、私たちのように無慈悲に放り出されたにちがいない。

比較的静かな席に案内され、チューハイと枝豆を食べながら、他愛もない話をする楽しいひと時。何の話をしてたかは覚えていない。

ほどなくして、隣のテーブルにサラリーマンらしき男性二人組が来た。漏れ聞こえる話からさっするに、会社の同僚で、その日は会社の偉い人との飲み会があったようだ。その後、同僚二人で飲み直しに来たという感じ。ひとりは完全に出来上がっていて呂律が回っていない。もう一人は、しっかりとしている。そのうちに泥酔している方が寝始めた。二人なのに、寝ちゃダメじゃん。取り残された方は、初めは起きろよと体を揺すったり頭をはたいたりしていたが、諦めたのか、なんだか、ニヤニヤしはじめた。酔って寝ている男を見ながらニヤニヤする男、不気味だ。

不気味だと酔っているので次第に気にならなくなる。こっちはこっちで楽しんでいた。しばらくして気がつくと、寝ている男がひとりになっていた。ニヤニヤ野郎はトイレだろうか?でも全然帰ってこない。

友人「置いていかれたのかな?」
私「そうみたい。気の毒に」
友人「お会計もせずに帰っちゃうのはひどいね」
私「だね。でも寝ちゃったからしょうがないね」

気の毒に全然思っていない心がない会話を一応交わして、私たちは私たちの世界に戻った。

そうして、ラストオーダーの時間がきて会計をすることになった。隣の男はまだ寝ている。会計も済ませた私たちは彼がどうするのかしばらく眺めていた。

女性店員に起こされても寝ぼけていて状況を把握できていないようだ。「あれ?なに?あれ?」を連呼している。店員さんは冷静にお会計をせまる。

「お会計……あれ……もう一人いたと思うんだけど」

ようやく消えた連れに気づいたようだ。そんなこと言われても店員さんは気にしない。一人だろうが二人だろうが払われるお金は変わらないからだ。

友人「お友だちは、もう帰りましたよ」

気の利く友人が声を掛けてあげた。

泥酔男「え、あいつ帰ったの?なんだよ」
とケータイを取り出し電話を掛けはじめた。こんな時間に電話は迷惑である。
案の定相手は出ない。出るわけない。

ブツブツ言いながらも財布を取り出しお会計をする泥酔男。

店員「10円足りません」

酔っ払っているのか、お金をしっかり払えないようだ。

泥酔男「え、10円?え、あれ、ない……カード使えますか?」
店員「使えません」
泥酔「え、使えない?え……どうしよう……10円?」
店員「はい!」

なんと、現金がなくてお会計できないらしい。しかも10円。バッグをゴソゴソしたりポッケを何度も確認したりしている。10円ぐらいどこかにありそうだが、ないようだ。
店員さんも10円ならオマケしてあげたらどうだろうかとも思うが、バイトらしき彼女にはそんな権限ないのだろう。

私「よかったら10円どうぞ」

あまりにも気の毒なので、10円あげてみた。

泥酔男「え⁉︎いいんですか⁉︎でも……あーどうしよう」

あたふたする男を尻目に無表情で会計を進める店員さん。

しきりに泥酔男は恐縮していて、今度お礼をとか面倒なことを言い出したので、私と友人はそそくさと店を出た。